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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)2684号 判決

被告 東洋信託銀行

理由

一  被告支店に対し、別紙目録1ないし3記載の各預入年月日欄記載の日に、各預金名義人欄記載の名義をもつて、各預入金額欄記載の金員をいずれも期間を三か月、利息を年四分の約定で定期預金がなされたこと、同目録1記載の第一定期預金について、同預金の満期日である昭和四二年六月一六日に右定期預金と同一条件でその契約の継続手続がなされたことについては当事者間に争いがない。

二  原告は、本件各定期預金契約の債権者はいずれも原告であると主張し、被告はこれを争い、預金債権者は訴外中里新一であると主張するので、以下この点について判断する。《証拠》を総合すると、つぎの事実を認めることができる。

1  (本件各定期預金をなすに至る事情)

(一)  訴外中里新一は、自己の営業資金を得るため、いわゆる金融ブローカー岩田の紹介によつて知合つた原告に対し、つぎのような条件で定期預金をすることを依頼した。すなわち、(1) 原告の出捐によつてなした定期預金を担保として中里が銀行から融資を受けることを認めること、(2) 右担保として提供するため定期預金証書を保護預りとし、かつ、右保護預り証書と届出印鑑を原告に所持させることによつて原告にも安心を与えること、(3) 中里は原告に対し右定期預金の裏利息として三か月で一割七分の割合の金員を支払うこと、(4) 銀行からいわゆる導入預金とみられることを避けるため、銀行に対しては預入にかかる金員が中里の母のものであり、原告は中里の親戚にあたる者である旨を装うこと、というものであつた。原告は、中里の右申出を応諾し、大東京信用組合阿佐谷支店にいずれも架空名義で昭和四一年一二月二一日金二、〇〇〇万円、同月二八日金三、〇〇〇万円の定期預金をなし、それぞれ約定通りの裏利息を受領し、他方、中里は右大東京信用組合阿佐谷支店から右定期預金を担保として前後四回にわたり合計金五、〇〇〇万円の融資をうけた。

(二)  中里は、原告の出捐にかかる定期預金を担保として融資を受けるが、後日もし自ら借入金の返済ができず、その結果定期預金の取戻しが不可能になる場合を慮つて、原告が銀行から預金を取戻しうる地位を確保するために原告を銀行との関係において中里の所為につき一切関知せぬ善意の関係におくべく、原告の出捐によつて預入れた預金の預金名義人の印鑑を偽造し、その印鑑を用いて融資を受ける手続をとることとし、かつ、右印鑑を偽造する際にも原告が関知せぬこととするため、預入に使用した印鑑票を当該銀行から入手し、それを使用して印鑑を偽造することを企てた。以上のような中里の企てについては原告もあらかじめこれを推知していた。

(三)  中里は、以上のような企てに基づき、原告に対し、昭和四二年三月一〇日ころ、前同様の条件で日本信託銀行千住支店に金五、〇〇〇万円ないし一億円の定期預金をすることを求め、原告は右申出に対し二、〇〇〇万円の定期預金をすることを承諾し、同月一四日裏利息約三四〇万円を受領したうえ、中里および原告は、右千住支店に赴き、中里の母の金員を預入れるものであり、原告については、中沢という中里の遠い親戚に当る者である旨紹介したうえ、原告の持参した金二、〇〇〇万円を架空の渡部栄一名義の定期預金として預入れ、定期預金証書は封緘物保護預りとし、その後、中里は、右千住支店長矢部基久に対し、右定期預金を担保として融資を受けたい旨申出たが、保護預り証書または母の承諾書がなければ応じられないとの理由で右申出を断られたので、同月一五日、原告に右千住支店からの融資を断られた旨を伝え、右定期預金を解約し、被告支店に預入れすることについて承諾を得、その際、中里は原告に更に多額の預金をなすことを求めたところ、原告は、右二、〇〇〇万円に一、〇〇〇万円を加えて合計金三、〇〇〇万円の定期預金をすることを承諾した。翌一六日、中里は、原告に対し右追加分一、〇〇〇万円に対する裏利息として約一七〇万円を支払つたうえ、右千住支店に原告と共に赴き、元本二、〇〇〇万円および二日間の利息を受領し、かつ、中里は右預入時に作成した印鑑票の交付を受けた。

2  (第一定期預金の預入および継続手続)

(一)  そこで、中里は、三月一六日午前一〇時ころ右千住支店支店長室から被告支店に電話し、同日付で金額三、〇〇〇万円、期間三か月、名義人を架空名義の渡部栄一とする定期預金をすること、預金者の住所は銀行で適当に記入してもらうこと、定期預金証書は封緘物保護預りとすることを告げ、定期預金証書等の必要書類を作成、準備しておくよう申出た。なお、中里は、その際預金額が大金でもあり危険故、親戚の者一名を同行するが、その者は中里の父の生前からの番頭である旨伝えた。右連絡を受けた被告支店宇田川行員は、右申出どおりの定期預金証書、印鑑票、保護預り依頼書、同証書などを作成、準備し、中里の来行を待つていたところ、中里および原告は、同日被告支店を訪れ、同支店一階応接室において同支店中村次長および宇田川行員と相対し、原告が風呂敷に包んで持参した金三、〇〇〇万円をテーブルの上に置き、それを中里が受取つて宇田川行員に手交し、また預入に使用する印鑑は、中里が原告から受取つて宇田川行員に手交し、宇田川行員は、右印鑑を印鑑票、保護預り依頼書等の印鑑欄に押捺し、さらに、作成された定期預金証書を中里に提示し確認させたうえ、保護預り封筒に入れてこれを封印した。そして宇田川行員は、右印鑑および保護預り証書を中里に交付し、中里は、右印鑑および保護預り証書を封筒に入れたうえ、銀行から退出する際、原告に手交し、以来原告がこれらを所持した。原告は、被告支店において、中里から紹介を受けることも自己紹介をなすこともなく、終始中里の単なる同伴者として行動し、被告支店行員に保護預り証について質問した以外は右定期預金に関して格別の会話を交わすこともなかつた。

(二)  中里は、右定期預金の満期時において更に三か月の期間更新をすることについて原告の承諾を得るとともに原告に対し裏利息として約五一〇万円を支払い、右定期預金の満期日である同年六月一六日中里の住居(東京都渋谷区桜丘町七二番地)において宇田川行員の訪問を受けてその手続をとつたが、その際、原告も同席した。中里は、右定期預金の利息金を母の小遣いにする旨話しながら宇田川行員から利息金を受取つたうえ原告に手交した。また、更新手続に必要な印鑑は中里が原告から受取つてこれを宇田川行員に手交し、宇田川行員は後記認定のごとく右定期預金が中里に対する貸付金の担保となつているため、新たに作成した定期預金証書の裏面の領収欄に中里および原告の面前で右「渡部」なる印章を押捺した。

3  (第二定期預金の預入手続等)

(一)  同年五月二〇日ころ、中里は、原告から前同様の条件で、五、〇〇〇万円の定期預金をなすことの応諾を得たので、預金名義人の印鑑票を取得するため日本信託銀行千住支店へ定期預金手続をすることとし、同月二四日原告に対し裏利息として約八五〇万円を支払つたうえ、前同様原告と共に右千住支店へ赴き、一たん架空の川崎信二名義の定期預金をなすべく手続をとつたが、結局は被告支店へ預金することとした。そして、中里は、その際「川崎」なる印影のある印鑑票を右千住支店支店長矢部から受領した。

(二)  そこで、中里は前回同様右千住支店支店長室から被告支店へ電話し、金額五、〇〇〇万円、期間三か月、名義を架空名義の川崎信二とする定期預金をすること、定期預金証書は保護預りとする旨申出た。そして、同日中里は原告を伴い被告支店に赴き、前回同様の手続で右定期預金の預入をなしたが、その際も原告は右定期預金に関して特段の発言をなさなかつた。

4  (第三定期預金の預入手続等)

(一)  同年六月一日ころ、中里は、原告から前同様の条件で、三、〇〇〇万円の定期預金をなすことの応諾を得たので、預金名義人の印鑑票を取得するため日本信託銀行千住支店に定期預金手続をすることとし、同月九日原告に対し裏利息として約五一〇万円を支払つたうえ、前同様原告と共に右千住支店へ赴き、一応架空の脇田勇三名義の定期預金をなすべく手続をとつたが、結局被告支店へ預金することとし、その際「脇田」なる印影のある印鑑票を前同様矢部から受領した。

(二)  そこで、中里は右千住支店支店長室から被告支店へ電話で金額三、〇〇〇万円、期間三か月、名義人を架空名義の脇田勇三とする定期預金をすること、定期預金証書は保護預りにする旨申出た。そして、同日中里は原告を伴い被告支店に赴き、前同様の手続で右定期預金の預入をなしたが、原告はその際右定期預金に関して格別の発言をしなかつた。

5  (本件各定期預金預入に関する中里と被告支店との交渉)

(一)  中里は、昭和四〇年一二月二一日ころ、被告支店に対し自己の関係する相模興産株式会社名義で七〇〇万円の普通預金をしたことから、被告支店宇田川行員の預金の勧誘訪問を受けるようになつたが、そのような際に宇田川行員に対し、父が江戸川で大きな肥料問屋を経営していたが数年前に預金、不動産などの莫大な遺産を残して死亡した旨および右遺産の預金はいろいろな事情から親戚筋に預けられてある旨話していた。宇田川行員は、中里の右のような話を信じ預金をしてもらえるものと大いに期待していたが、昭和四二年二、三月ころ、中里は、同人の父の遺産の不動産を処分するのでその売却代金の一部を被告支店に預金する旨申出ていたところ、同年三月一五日宇田川行員に対し三月一六日に二、〇〇〇万円ないし三、〇〇〇万円の定期預金をする旨、定期預金証書は封緘物保護預りとする旨連絡し、翌一六日に前記認定の第一定期預金をなすにいたつた。

(二)  その後、中里は、宇田川行員に対し右遺産のうち親戚筋に預けてある金員を逐次預け替える旨話していたところ、同年五月二三日宇田川行員は、中里から同人の叔父の了解がついたので会わせるとの連絡を受け、中里の叔父と称する者に会つたが、その際第二定期預金をなす旨告げられた。

(三)  さらに、宇田川行員は、中里に預金勧誘を続けていたところ、同年六月八日中里から、第二定期預金の時と同様に親戚筋へ預けてある金員を同月九日に三、〇〇〇万円被告支店へ預け替える旨告げられ、第三定期預金がなされるにいたつた。

以上のような経緯から被告支店においては、本件各定期預金は、いずれも中里がその父の遺産から預入れるものと信じて疑わなかつたものである。

6  (被告支店の中里に対する融資)

他方、中里は、かねての企てどおり本件各定期預金を担保として被告支店から融資を受けるために、いずれも日本信託銀行千住支店から受領した「渡部」「川崎」「脇田」の各印影のある印鑑票を使用し、いずれも右印鑑票を受領したころ、東京都千代田区神田須田町所在の吉村印舗において右印鑑票の印影と酷似する「渡部」「川崎」「脇田」と刻した印鑑を偽造した。そして、中里は宇田川行員に対し、第一定期預金を担保として自己の営業のつなぎ資金を貸して欲しい、保護預り証書は母の許にあるが、母は旅行中のため提示できないなどと申向けて融資を申入れたところ、宇田川行員は、右申入れについて上司と相談した結果、被告支店は保護預り証書の提示がなくとも中里の預金であり、借主がその本人であることから中里の提出した右偽造にかかる印鑑を真実届出印と同一のものであると信じ、各印影を照合したうえで応諾することとし、同年三月二三日、金二、五〇〇万円(返済期限同年四月二四日)同月一〇日金三五〇万円(返済期限同年五月一〇日)、同年四月一七日金一〇〇万円(返済期限同年五月一七日)をそれぞれ貸付け、それぞれの期限に書替がなされ、さらに同月二四日右借入金合計金二、九五〇万円を一括して返済期限を同年六月二四日として書替がなされたが、結局右期限に返済できなかつたため、第一定期預金債権と対当額で相殺決済された。

さらに、中里は右同様第二定期預金を担保にして融資を受けたい旨宇田川行員を通じて被告支店に申出たところ、被告支店は応諾し、前同様偽造にかかる「川崎」と刻した印鑑を使用して手続をし、同年五月二九日金三、五〇〇万円(返済期限同年七月二九日)、同年六月一日金一、〇〇〇万円(返済期限同年八月一日)、同年六月七日金五〇〇万円(返済期限同年七月二九日)をそれぞれ貸付けたが、いずれも期限に返済できず、同年七月二八日付をもつて第二定期預金債権と対当額で相殺決済された。

また、中里は脇田勇三名義の第三定期預金を担保として被告支店から融資を受けようと考え、その旨被告支店に申入れたが、前記融資の返済が順調でないこと、大蔵省の監査によつて両建預金は厳重に注意されていることを理由に断られ、右定期預金を解約して使用することを求められ、同年六月一四日前同様偽造した「脇田」と刻した印鑑を使用して右定期預金を解約して金三、〇〇〇万円を受領した。

7  (本件各定期預金後の事情)

(一)  原告は、本件各定期預金がなされたのちも、右各預金の満期をすでに過ぎた同年一二月頃になつて、はじめて被告支店に対し右各預金が自己のものである旨を申出るまで、一度もそのような申出あるいは預金取戻しの請求をしたことがない(右申出も、原告の弟がさきに立つて行なつたもののようである)。

(二)  また、原告は、本件各定期預金が前記のとおり相殺決済あるいは解約されたのち、事後の処置につき中里とかけ合つた結果、大東京信用組合関係ならびに被告支店関係につき、原告の出捐分の補填を受けるべく、中里から金四、四五〇万円を受領した。その余についても中里と交渉のさ中、中里が本件等につき刑事事件として逮捕勾留されるに及び、右交渉あるいは中里からの補填は中断の余儀なきにいたつた。

以上の事実が認められ、右認定に反する甲第四三ないし四五号証、原告本人尋問の結果および甲第三六ないし三八号証のうち右認定に反する部分は前記各証拠に照らしにわかに措信しがたく、また、甲第五九号証も右認定の妨げとなるものではないし、他に右認定を左右するに足りる証拠もない。

三  ところで、架空名義定期預金の預金債権者の決定については、特段の事情がない限り、原則として自己の金員を出捐して自己の預金とする意思のもとに預金をなし、かつ、当該預金の預金証書および届出印鑑を所持して当該預金を実質的に支配する者をもつて真の預金債権者とするのが相当であるが、当該出捐者が、銀行に対し自らが預金債権者である旨の意思表示をなす機会があるにも拘らずこれをなさず、かえつて、出捐者以外の者が銀行に対し自らが預金債権者である旨を表示することを積極的に許容し、さらに当該預金を担保として融資を受ける等当該預金に対する実質的な支配をその者に委ね、かつ、銀行が右のような表示により出捐者以外の者をもつて預金債権者と認識したような場合には、右出捐者をもつて預金債権者ということはできず、右預金の実質的な支配者をもつて当該架空名義定期預金の預金債権者というべきである。

これを本件各定期預金についてみるに、前記認定のとおり、原告は、本件各定期預金の出捐者であり、各定期預金証書の保護預り証書および各届出印鑑を所持するものではあるけれども、本件各定期預金はいずれも前記二、1、(一)、(1)ないし(4)記載のような原告と中里との約定に基づいて預入れられたものであること、その預入手続は、右約定に基づき中里が終始自己を預金債権者と表示して預入行為をなし、これに対し原告は、中里に同行しながら本件各定期預金の出捐者である旨を何一つ示すことなく、かえつて、中里の親戚の者であり、高額の定期預金をなすに際しての付添人として行動したこと(原告が本件各定期預金の預入にかかる金員および印鑑を持参し、預入に際し中里にこれを手交した行為も、右のような意味合いにおける行為として理解すべきである。)、原告は、中里との前記約定により本件各定期預金の預入ごとに著しく高額の裏利息を取得し(さらに、事後のことではあるが、中里から多額の出捐分の補填を受けた)、定期預金証書を保護預りとしたこと、中里は、本件各定期預金を自己の預金であるとし、被告支店から右預金を担保として融資を受け、または払戻を受けたこと、右融資および払戻を受けるに際し使用した印鑑は中里が偽造したものであるが、原告は、中里が本件各定期預金を原告においても取戻すことのできる途を残しておくため、偽造印鑑を用いて預金担保に融資を受ける等の行為に及ぶことをあらかじめ推知しながら中里のなすがままにさせたこと、被告支店は、このような原告および中里の本件各定期預金をめぐる工作を全く知ることなく、中里の言動を信じ中里を真の預金債権者と判断していたこと、等からすると、原告は、自らの有すべき本件各定期預金に対する実質的な支配を自らの意思によつて中里に委ね、喪失したものというべきであるから、本件各定期預金の預金債権者は、出捐者である原告ではなく、預金当初から実質的にこれを支配した中里新一であるとみるのが相当である。

四  そうすると、本件各定期預金の預金者が原告であることを前提とする原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却する

(裁判長裁判官 中村修三 裁判官 松山恒昭 打越康雄)

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